前回の記事ではスマートフォンが発熱する理由を解説した。SoCをはじめとした半導体は抵抗となって発熱の要因となること。
半導体は熱に弱く、機器の故障を防ぐために発熱したら性能を落とす処理をしていたことを紹介している。
近年では空冷ファン搭載スマホまで現れるほど、端末の冷却はシビアだ。今回は冷却機構の変遷と、空冷ファンまで必要なのか?というところを見ていく。
近年のスマートフォンで必須の冷却性能
かつてのスマートフォンを思い返すと、すぐ発熱し、性能が落とされることで使い物にならなくなる機種も多かった。
当時の機種を分解すると、ヒートシンク等の冷却機構を採用しない商品も見られた。
Galaxy SII(2011年発売)を見ると、冷却機構は熱伝導シートのみとかなりシンプルだ 画像はiFixitより引用
背景には未熟なOSの不要な制御による処理、熱流体設計の甘さからモバイル機器の高性能化に冷却機構が追い付けなかったと考える。
日本独自としては、防水性能確保のために端末がパッキン等で密閉されていたといったものが理由としてある。
スマートフォンで熱設計が本格的に叫ばれたのは2012年ごろからだ。4Gの次世代高速通信対応に加え、SoCの集積密度が上がり、従来に比べて発熱も多いマルチコアプロセッサなども現れた。
これによって、従来の冷却設計では満足に冷やせなくなっていたのだ。
この頃の端末からヒートスプレッダや熱放射シートが当たり前に搭載されるようになり、熱設計を考慮した端末や基板の設計も積極的に取り入れられた。熱流体シュミレーションを入念に行ったという旨の開発者インタビューも出てきている。
2010〜13年ごろのAndroidスマートフォンは高性能なプロセッサに対して、冷却性能が追いつかないものが多かった。これは結果として発熱による性能低下、誤作動、急なシャットダウンを招きユーザーから多くの不満を買った。
iPhone 5では端末を金属筐体とすることで、本体も使って効率よく放熱していた。防水性能を持たないことも放熱設計ではプラスに働いた。
防水、防塵の端末が求められた日本市場では多くのAndroid 端末が防水となった。高性能なチップセットを搭載しても、機密性の高さからうまく放熱できず、ユーザーとしても熱暴走や強制再起動に苦しんだ。
2016年ごろにはさらなるプロセッサの高性能化が進み、合わせてヒートパイプやベイパーチャンバーといった高性能な冷却機構を搭載したスマートフォンも現れた。
本体を金属筐体にして効率よく熱を逃がしたり、グラファイト放熱シートを採用したり等、各社から様々な対策がみられた。
Galaxy S7シリーズにて搭載されて話題となったヒートパイプ。従来よりも高い冷却性能を確保することができた。
Xperia XZではグラファイト冷却シートを採用するなど、発熱問題にあえいだ各社も様々な対応を行うようになった。
現在ではヒートパイプの弱点を改良したベイパーチャンバーが、ハイエンド端末では一般的になっている。近年ではこの冷却機構の容積や性能などが注目されるようになっている。
ただ高性能なプロセッサを搭載するのでなく、適切な放熱設計を行って安定してパフォーマンスを維持できるものが求められているのだ。
冷却性能についても各社熾烈な競争が行われている。画像はPOCO F4 GTとOnePlus 10R
発熱が少ないと評判のSnapdragon 8 Gen.2搭載スマホだが、これはプロセッサの配線設計、製造技術の高さはもちろん、搭載端末においても高度な放熱設計による賜物ではないかと考える。
仮にもXperia Z4世代の筐体と冷却設備でこれを積んでも爆熱となって満足に使えないことだろう。
スマートフォンの冷却機構。主流はベイパーチャンバー
近年のスマートフォンにおける冷却機構の主流はベイパーチャンバーだ。仕組みは従来のヒートパイプ同じく、冷却液を用いて熱を与えると蒸発し気化する。これが冷やされて液化し、機構内を対流することで効率よく冷却しようというものだ。
一種の水冷設備と言えるもので、近年のスマートフォンが発熱しても「冷えるのが早い」理由のひとつとなっている。
ベイパーチャンバーの仕組み 引用元:大日本印刷㈱
ベイパーチャンバーは通常の銅製ヒートスプレッダよりもより効率よく冷却できる。引用元:大日本印刷㈱
そのため、このタイプの冷却機構は一定のクールタイム(負荷が少ない状態)があれば、液化して再度冷却が可能になる。
一方で高負荷状態が続いて冷却液の対流が追い付かなくなると、スマートフォン本体は発熱してしまう。これもプロセッサだけ冷やせばよい訳ではなく、熱伝導で周囲の半導体やバッテリーも発熱してしまう。
これを抑えるための銅ブロックや大型ヒートシンクといったものと、ベイパーチャンバーなどの水冷設備は組み合わせて利用されるのだ。
中国メーカーの機種がやたらと冷却面積をアピールするのは、気化した冷却液を効率よく冷やすためでもある。
画像はOnePlus 10Rのもので「VC」と書かれているものがベイパーチャンバーだ。
スマートフォンに空冷ファンは必要なのか
さて、上記のベイパーチャンバーといった高性能な冷却機構を用いて対策しても、発熱に対しては不十分なのかと感じる方もいるはずだ。
結論から言えば、多くのスマートフォンではベイパーチャンバー等の機構を持たせることで冷却機能を確保していることから、空冷ファンまでの設備は不要だ。
一方で、現実問題では「長時間の安定したパフォーマンス」を求める場合は、現行の冷却性能だけでは不十分となってしまう。
高負荷が長く続くと、端末全体の発熱的にもベイパーチャンバーだけで冷やすのは難しくなる。そこで登場するのが空冷ファンだ。
今のところ空冷ファンを搭載してる機種はほぼ全てゲーミングスマホと言われるものだ。名前の通りゲームに特化したスマートフォンであり、発熱を抑えるというよりは「パフォーマンスを持続させる」といったところに重点が置かれている。
どんなスマートフォンでも高負荷なコンテンツを1時間以上プレイすると、動作には多少なり"引っかかり"を感じることがある。
この"引っかかり"すら許されない環境で空冷ファンを持つスマートフォンはニーズがあるのだ。
空冷ファンを搭載するREDMAGICシリーズ。確かに「Turbo Fan」の文字が確認できる。
通常のスマートフォンでは、冷却性能がほぼほぼ頭打ちになってしまう。それならば、発熱の大きいブロックを空冷ファンで安定的に冷やし、ベイパーチャンバー等の水冷設備と組み合わせて効率よく冷やそうというのが空冷ファン搭載スマホの考え方だ。
空冷ファン搭載スマートフォンはROG Phoneをはじめとした純正オプションで外着けするものと、REDMAGICのように本体に機構そのものを内蔵するものがある。
前者ではファンありきの設計となることも多く、後者の方がスマートフォン単独でのパフォーマンスは高い。
空冷ファン搭載スマホとして日本でも販売されているnubia REDMAGICシリーズ。排熱するためのスリットが開けられている。
Lenovo Legion Phoneは排気に加え吸気用のファンも備えるデュアルファン構成だ。
実際に冷却ファンをもつスマートフォンを使ってみると、パフォーマンスの持続性能はかなり高い。本体のフレームが発熱していても、パフォーマンスが全く落ちないという不思議な体験もできる。
加えて、ファンを用いて強制的に冷却させて発熱を抑え込むため、本体の故障などの要因も軽減することができる。
また、性能をフルで持続させることができるため、多少古い機種でも快適にゲーム遊ぶことができる。強制冷却によって構造的にサーマルスロットリング制御の影響を受けにくいことが、プラスに働くこともある。
一部ユーザーからは空冷ファンを使う前提なのは"設計の甘え"なのではないかという声もある。これはこれでスマートフォンのユーザー体験を向上させるアプローチの1つと考える。
普通のスマートフォンでは難しいと言われる、安定した冷却性能を長時間持続できる点は大きなアドバンテージだ。
そのため、スマートフォンにおける空冷ファンについては使用用途によっては必要だと考えるのが現時点の結論だ。必ずしも不必要とも言えず、絶対必須とも言えないのだ。
ニッチだけどとっても大切。スマートフォンの冷却機構
スマートフォンの発熱について気にするユーザーは多いが、冷却機構について深く考える方は少ないようだ。
近年のスマートフォンは少し前の超低電圧ノートパソコン並みの消費電力を持つチップセットを搭載している。これはバッテリー性能だけでなく、冷却性能も意識しなければならない。
もっとも、冷やすためには冷蔵庫に入れればよい、氷枕を当てればいいといった投稿も見られる。
ただ、これらは急激な温度変化を理由に端末内部が結露し、故障してしまう可能性がある。
結露は内部の温度差で起こるので、防水端末でも防ぐことはできない。
現在のスマートフォンでは主流のベイパーチャンバーは従来の銅ブロックよりも熱伝導率が高く、薄型軽量で折り曲げ可能などの加工性にも優れている。
加えて、ヒートパイプと異なり熱源の位置によって熱輸送効率が左右されないといった利点も備える。本体サイズに制約のあるスマートフォンにはうってつけの冷却機構だ。
空冷ファンは確かに効果的な冷却手段だが、端末本体の防水性能の確保ができなくなること、物理的な可動部ゆえに故障の可能性があることが難点だ。
加えて、消費電力で不利になる点から採用機種は「ゲーミングスマホ」というカテゴリーの一部機種にとどまっている。
空冷ファン搭載スマホはニッチなのでさておき、汎用品の外付クーラーなども多く販売されている。
外付けタイプのクーラーはどうしても横持ち前提のものが多く、本体もかさばるため利用するシーンは限られてしまう。
加えて、これらのクーラーは本体の真ん中に装着することが大半だ。一方でその場所にはSoC等の熱源はないことが多く、思った効果を得られないこともあるようだ。
一方で大型のベイパーチャンバーなどを採用している機種では、バッテリー付近まで伸びる冷却面を冷やすことで、熱源に対してより効率よく冷却が可能だ。
冷却ファンの他にもペルチェ素子クーラーといったものもある。
近年の中国メーカーの機種がやたらとこの手の空冷ファンを推す背景には、このように進化した端末の冷却機構の存在もあるはずだ。
OnePlusなどでは自前ブランドの外付け空冷ファンまでオプションで備えている。
それでも連続した高負荷の環境では、継続的に冷却できる環境は非常に優位に働く。やりすぎは結露の原因になるなど禁物だが、端末の故障をリスクを低減するといった面では効果的なものと考える。
強力な冷却が可能な「ペルチェ素子」をスマホに内蔵すれば、発熱の問題は解決するのでは?という意見もあるがこれは難しい。
素子付近が急激な温度差で結露する可能性がある点はもちろん、ペルチェ素子は加熱面を継続的に冷やさなければ十分な効果を発揮できない。
したがって加熱面を冷却する必要があるのだが、高性能なベイパーチャンバーでも加熱し続けるペルチェ素子の冷却は難しい。かと言って空冷ファンで強制的に冷やすとしても、スマートフォンでは消費電力的にかなり不利となってしまうのだ。
また、ペルチェ素子は冷却面と加熱面に温度差が発生すると、素子に電流が流れる特性も備えている。予期しない電流が発生する可能性があるものを半導体満載のスマートフォンに内蔵するのは少々リスキーだ。
今回はスマートフォンの冷却性能について考えてみた。今後はスマートフォンを選ぶにあたって、単に性能がと言った点だけではなく、縁の下の力持ちとも言える「冷却性能」についても考えてみるとよいはずだ。
最後に今回名前を挙げた機種のうち、過去に本ブログで紹介したものをピックアップしておく。時間がある時に読んでいただけると嬉しいものだ。