スマートフォンは日々高性能化が進んでいるが、毎度のごとく発熱を気にする声は多い。スマホ向けの冷却グッズの登場はもとい、今では空冷ファンを搭載するスマートフォンまで現れた。
今回はスマートフォンはなぜ発熱するのか。そんな素朴な疑問について考えてみたいと思う。
スマートフォンが発熱する原因は何なのか。
「なぜ、スマートフォンは発熱するのか」
スマートフォンの発熱についてはよく議論されるが、「なぜ発熱するのか」と言った点は素朴な疑問ながら、あまり深く考えたことのある方はそう多くないはずだ。
まず、スマートフォンにはSoC(プロセッサ)、メモリ、ストレージなどが搭載されており、これらは半導体部品に分類される。
これらは電気的に見ると多かれ少なかれ「抵抗」となる。抵抗に電流を流すと発熱するのと同じく、多くの半導体部品が使用されるスマートフォンに電流を流せば、多かれ少なかれ発熱は必ず発生するのだ。
「抵抗が熱を持つ」という話は、極端に言えば電熱ヒーターを連想してもらうと分かりやすいはずだ。
半導体部品の例として、リニアレギュレータ(電圧安定化電源回路)を示す。これは半導体の電圧降下を利用し、電圧の安定した電源を作ることができる
全てのエネルギーを変換できずに熱損失が起こる
ただ、全てを安定した電力に変換することはできず、余分な電力は損失となってしまう。
この時の損失が、発熱という形で熱エネルギーに変換される。表ではこれを熱損失としているが、これは中学校の理科の授業で習う「エネルギー保存の法則」で説明可能なものだ。
リニアレギュレータの説明画像はエイブリック(株)より引用
我々が利用しているスマートフォンには上記の回路をより小型化し、各種チップに収めたものが必ずと言ってよいほど採用されている。
どれだけ優れた半導体部品を設計しても、必ず損失が発生するので効率100%のものはない。与えた電力のうち、いくらかは発熱と言った形で消費されるのだ。
補足:半導体の特性については、温度上昇と共に抵抗値は下がる。
スマートフォンの発熱をチップセットから考える場合は「回路の配線抵抗」「漏れ電流(リーク電流)」についても合わせて考えばならない。
スマートフォンでも無視できない内部配線が持つ抵抗による発熱
発熱について、もうひとつ気にしなけらばならないものがある。回路の配線そのものが持つ抵抗だ。
先程、SoCを含めた半導体は実質的な抵抗だと記したが、それらを繋ぐ配線にも抵抗が存在するが、この抵抗もゼロにすることはできない。
そのため、各社伝導率の高い素材を使ったり、配線距離を短くしたり、必要電力量に応じて太さを変えると言った対策をしている。
スマートフォンの中には無数の回路が張り巡らされており、それらをつなぐ膨大な配線があるのだ。 ※画像はAndroid搭載ウォークマンの基板
コバルト鉱石
近年では半導体の配線に銅やコバルト(Co)を採用する例が出ている。これは抵抗値の上昇を抑えると共に、微細化における課題であるエレクトロマイグレーションによる故障を減らす目的がある。
この配線抵抗は、線路の導体温度が上昇すると、比例して抵抗値も上昇してしまう。
SoCが発熱すると並行して内部の配線も加熱される。結果として抵抗値の上昇によって大きな損失が発生し、これが発熱という形になるのだ。
これも内容としては高校物理の「抵抗率と温度の関係」で説明できる。この抵抗率が発熱によって増加し、より電流が流れにくくなるのだ。
この結果、発熱したスマートフォンの性能は十分に発揮できず、抵抗値が上がった分だけ発熱が増えるものとなる。
これが続くと発熱→抵抗値が上昇→より発熱するといった悪循環に陥ってしまうのだ。
加えて、SoCが発熱すると、熱伝導によって繋がっている回路も発熱する。そのため、端末の基板がある場所には、ほぼ全て熱が伝わってしまうことになる。
スマートフォンでは「SoCだけ冷やす」のではなく、基板やバッテリーなどの周辺部品もある程度冷却しなければならないものとなっている。
スマートフォンが発熱するとなぜ性能が落ちるのか
SoCをはじめとした半導体は「抵抗と同様に発熱する」、半導体をつなぐ配線にも抵抗が存在することを説明した。そのうえで、スマートフォンを構成する部品には、発熱する要因が多くあることが分かった。
ここからは、スマートフォンは発熱するとなぜ性能が落ちるのか。そんなところを見ていく。
実はSoCやストレージといった半導体自体は熱に弱く、適切な動作を保証できる温度が存在する。
一般的にパソコン用のCPUやGPUでは100度前後と言われており、これを長時間超えると予期せぬ動作を起こしたり故障の要因になるのだ。
単独のオペアンプくらいであれば、放射熱(自然冷却)でなんとかなっていた。その一方で、高度に集積されたSoCなどの半導体部品では、熱源となる半導体が数十億個単位で配置されている。
このようになると通常の熱放射だけでは十分な放熱ができず、適切なパフォーマンスを発揮させることが難しくなる。そのため、別途冷却設備などを必要としている例が多いのだ。
パソコンの CPU が金属の殻に覆われている理由も、冷却設備と組み合わせて放熱性を上げるために取付けられている。
発熱の少ないモバイル向けCPUではコアがむき出しの物もある。もちろん放熱ゲルやグリス塗布等の最低限の対策は必要だ。画像はAtom X5シリーズ
また、スマートフォンの発熱で性能が落ちるのは核となるSoCだけだと思われがちだが、ストレージやメモリアクセスのスピードも合わせて低下する。これらの要素によってユーザ体験においては大きく影響してくる。
このように発熱すると前述の通り、内部の抵抗値が上昇しさらに発熱してしまう。半導体は熱に弱いこともあって、温度上昇によって正常な動作を保証できなくなる。最悪の場合は故障とどまらず、発火や感電などの可能性もあるのだ。
以上のことから、近年の高度に集積されたSoCの温度管理はかなり厳しく行う必要がある。発熱したら事故防止のためにも意地でも抑えなければならないのだ。
そのため、スマートフォンをはじめとした多くの電子機器には、保護回路や各種温度センサー、それに伴った制御機構が搭載されている。
発熱が許容値を超えないように意図的に性能を落としたり、強制的に電源を切る等の方法で内部の半導体を保護している。
スマートフォンでは各種の電力制御や温度管理がかなり厳格に行われている
発熱したことで端末の性能を落とす「サーマルスロットリング制御」や、強制的なシャットダウンを行う理由も半導体部品保護のためだ。
また、過度に発熱したスマートフォンは表面温度が50度を超えるまでに至ったものもある。
そのような端末を利用者が長時間ポケットに入れたり、手に触れたりする可能性は否定できない。最悪の場合、低温やけどをしてしまう可能性もあるのだ。
かつてのスマートフォンが発熱すると、よく"かくついて"動作が遅くなったりした。本体がフリーズしたり、強制再起動すると言った理由もこの半導体部品の保護、利用者の安全確保のためだ。
スマートフォンが発熱すると性能が落ちる理由は、中に入っているチップセットを故障から守るため、利用者の安全を守るために意図的に性能を落としているのだ。
この意図的な性能低下は、ユーザー体験を大きく落としてまでも、対応しなければならないのだ。
決して利用者をイライラさせるために、このような挙動をしていたわけではない。そのことは心の隅でいいので留めてほしい。
スマートフォンで「発熱」と言われると、筆者としてはこの機種が印象深い。
これをもって、近年のスマートフォンにおいて「発熱を抑える設計」がとても重要な点が理解できたのであれば幸いだ。
余談。配線抵抗とプロセッサの微細化について
余談だが、プロセッサの微細化と配線抵抗は密接に関係している。プロセスルールが微細化され、配線距離が短くなることで配線抵抗が減少する。これによって以下のような利点が発生する。
・高クロック化(より多くの電流を流せるため)
・低消費電力化(配線抵抗が減少してロスが少なくなるため)・基本性能向上(微細化して小さくなった空きスペースにトランジスタを配置できるため)
微細化が進むとリーク電流への対策、エレクトロマイグレーションによる線路劣化も無視できなくなる。
前者は消費電力や発熱に影響し、後者はチップの信頼性に関わってくる。この辺りが今の半導体設計における課題と言える。
なお、モバイル向けプロセッサが微細化に力を入れるのは、性能強化と同じくして、消費電力の低下も見込めることが大きい。消費電力の問題は、プロセスの微細化で解決できる趣旨の根拠はここからきている。
もっとも、リーク電流の対策を確実に行うことが前提だ。そのためにも良好な特性を持つ絶縁体(回路の壁)の研究がされている。
次回は、スマートフォンの放熱設計、冷却機構について紹介する。今後のスマートフォン選びで大切なものは、性能だけではなく、いかに効率よく冷やせる冷却システムなのかもしれない。