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なぜ?スマホのバッテリーが交換できない理由。背景は技術革新と安全性の確保。EUの規制の問題点も含めて改めて解説

 EUのスマートフォン等に対する新たな規制として、「バッテリーを簡単に交換できる設計とすること」というものが欧州議会で可決され、波紋を呼んでいる。

 筆者としてはこの法案には反対の意向を示す立場だが、そもそもなぜユーザーが簡単にバッテリー交換ができない機種が大半なのか。今回はこれをテーマに解説したい。

 

スマホのバッテリー交換ができなくなった理由。技術的な面と安全性の面から解説

 

 スマートフォンにおいて、バッテリー交換ができなくなった背景は「技術的な進歩」「安全性や品質の確保」を理由としている。これに対して「バッテリー性能を上げても、交換不能にする必要はなかったのでは?」と考える方もいることだ。この辺りについても説明しよう。


 技術的な面から考えると、スマートフォンの性能向上に伴ってバッテリー容量の増加は急務になっていた。その一方で、バッテリー容量を増加させると電池パックも大型化し、当時のトレンドであった「薄型化」を達成することは難しいものだった。
 そのため、メーカーとしては樹脂製の保護部を排除して薄型化し、その分の容積を電池容量に割り当てることで大容量化を成しえた。近年の5000mAhを超える容量のバッテリーをあのサイズに抑え込むには、この方法が最も効率的だったのだ。f:id:hayaponlog:20230622221436j:image

これらによってバッテリーの大容量化が行われた結果、近年の高性能なスマートフォンが生まれたのだ。

 

 近年のトレンドになりつつある防水性能についても、バッテリーの接続端子や各種電源系統でのショートを防ぐ意味もあり、利便性も含めていい方向でトレンドになったものだ。

 

 一方で、バッテリー交換不可となったことで生じた利便性の低下は「急速充電」でカバーする形となった。端子もUSB Type-Cに変わり、充電技術も進歩を重ねてものの30分で8割以上充電される機種も多くなってきている。
 劣化の原因となる「過充電」についても、バッテリーの充電制御にて各社対策している。100%になったら充電を止めるはもちろん、定格の90%を上限に止めたり「トリクル充電」といったもので過充電による劣化を防ぐための工夫も行われている。これについては指定のバッテリー、充電器、ケーブルといった組み合わせで利用することも大切だ。f:id:hayaponlog:20230622221523j:image

Xiaomiの120W充電は専用の充電器、ケーブルの組み合わせが必須だ

 

 安全性の問題は「非正規のバッテリー」が使用されることへの懸念だ。純正のバッテリーは各種検証のほか、近年ではスマホメーカーがバッテリーメーカーと共同開発する例もあり、急速充電しても劣化させにくいといった最新技術が投入されていることもあり高コストになっている。

 

 特に「内部短絡」の対策は強固に行われている。バッテリーに強い衝撃がかかることで、内部構造が破損しショートしてしまうのだ。また、高温環境下に置いた場合は、温度上昇によってバッテリー内部の化学反応を促進させ、さらなる加熱を誘発させることもある。最悪の場合、セパレータ(プラスとマイナスが触れないようにする絶縁体)が熱変形することでショートの原因にもなる。

 

 スマートフォンで考えられるシチュエーションは本体を落としたりすふことで強い衝撃を与えてしまうこと。、炎天下の車内に長時間放置して、バッテリーの温度を上昇させてしまうことだ。

 これの対策として、バッテリーのセパレータ素材を工夫し、剛性を高めることが行われている。また、万一発熱しても「熱暴走による発火」という最悪の事態を回避するための対策も施されているのだ。近年のスマホのバッテリーが強力な粘着テープ等で固定される背景も、落下等の衝撃による内部短絡を防ぐためだ。

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画像は互換バッテリーだが、固定用の両面テープの耳が見える。


 このような対策で純正品が高価になると、付け入るように安価な非正規品も多く出回ってくる。粗悪品は論外として、非正規品は安価ゆえに正規品のような「パーツレベルの事故対策」が行われていないことが多い。また、独自の急速充電を備える機種では、検証されていない非正規品では過充電や異常発熱の原因にもなる。

 

 他にも誤った手順による修理や「DIY修理」と評される十分な知識を持たない素人の修理によって、製品の品質や安全性が著しく阻害される可能性もある。これらの商品が中古等で出回り、思わぬところで事故の原因にもなってしまうのだ。

 

 このような観点から、管理外で品質の劣るバッテリーが利用される可能性、知識を持たない素人が介入する部分をメーカーとしては排除したいのだ。発火事故等による製品やブランドのイメージ低下を考えると、メーカー側のメリットは無い。
 このため、技術の進歩と品質確保や安全性の向上を目的として、スマートフォンのバッテリー交換はできなくなっているのだ。

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中国通販では今でも安価な互換バッテリーも多く販売されている


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また、樹脂製の保護部を廃したリチウムイオンバッテリーは薄型に加工されていることもあり、人の力で簡単に曲がり、机から落としたり少々鋭利なもので傷をつければショートしてしまう可能性もある。乾電池とは比にならないくらい危ないものを「エンドユーザーに容易に交換させる」ことは危険極まりないのだ。

 

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リチウムイオンバッテリーは鋭利なもので傷をつけた瞬間に発火する例もある 出典:独立行政法人製品評価技術基盤機構

 

EUはバッテリー交換の規制ではなく、交換できる機種の免税等の優遇施策を検討すべきだったのでは

 

 筆者としては、バッテリーの交換容易化の規制を行う前にもっと検討すべきことがあったのではないかと思う。バッテリーが交換できない理由をメーカーにヒアリングすれば、なぜ交換できないのか?という理由は容易に把握できたはずだ。


 そして、このような規制よりもユーザーにとってもプラスになり、市場の再発展にも効果的なものがあったと考える。

 

 例えばバッテリー交換の修理価格の上限を定めるものや、修理可能期間を明確にするといったもの。他にはバッテリー交換可能な機種を開発するメーカーに対して補助金の提供、販売時の免税や購入補助を行うなどの優遇措置といった対応もあったはずだ。

 

 なにより、欧州でもNokiaをはじめバッテリーを交換できる機種を発売しているメーカーはあり、市場に選択肢が全くないわけではない。バッテリー交換を求める消費者は「交換できる機種」を買えば解決し、仮にも補助金や免税で優遇されるとなれば検討するユーザーも出てくるはずだ。

 

 本来は選択肢を増やす、バッテリー交換のできる製品を優遇すれば良い話なのだが、なぜかEUではこの思想を販売する全ての機種に押し付けようとしている。よく多様性という言葉を口にする地域でありながら、このようなことではは統一を求めてくるあたり本当に「わがまま」と感じてしまう。

 


 事実、iPhoneをはじめとしたスマートフォンのバッテリー交換ができないわけではない。正規の修理事業者等で即日対応してもらえばいいだけの話だ。これに"いちゃもん"をつける理由が筆者にはよくわからない。 

 

・たかだか数千円の工賃を払うのが嫌なだけなのだろうか。
・1時間程度の交換にかかる時間が長すぎるからなのか。
・修理の予約を取ることが面倒くさいだけなのか。
・自分でもできそうな簡単な作業にお金を払うことが嫌なのだろうか。

 

 仮にもこんなしょうもない理由で「自分でバッテリー交換できない端末は悪だ」と指摘してiPhoneを利用しているのであれば、それはご都合主義以外の何者でもない。「使わなければ良い」で片付けられてしまう話だ。

 

 もちろんメーカー各社も、この規制に対して非正規部品を使用した状態で起動できなくしたり、各種警告を出したりする対策を取ってくると考えられる。これに対し、純正部品しか使用できないことについて文句をつけるのであれば、それこそ製品の安全性は全く保証できないものになる。

 

 また、「修理する権利」に応えるため、純正の修理マニュアルや必要な資材が揃った修理キットなどを提供する場合もあるが、個人修理については全て自己責任だ。アメリカでは iPhone の自己修理キットの貸し出しも行っているが、こちらは1週間の貸し出しで49ドルかかる。もちろん、部品に関しては別途料金がかかる。

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Apple Self Repair Serviceでは修理マニュアルや必要機材をレンタルして修理することができる

 

 これらの規制が行われると、欧州では魅力的な端末を展開することが非常に難しくなる。基本的に折りたたみ端末については販売することができなくなり、出せる端末もミッドレンジより下が中心となる。これは消費者にとって選択肢が減ることを意味するので、プラスになるとはとても思えない。
 仮にも現在と同様の性能と利便性に加え、バッテリー交換を求めるとなれば、重量と本体の厚み増加は避けられない。各種保護装置の追加を含めたヨーロッパ向けのカスタマイズで製品価格も上昇することになるだろう。

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ネット上では「EU向けは全てバッテリー交換のできるTORQUEでいいのでは?」という意見も見られた

 

 現時点でバッテリーが交換できるスマートフォンは一部の環境に配慮した商品、業務用途も想定されるタフネス端末、あとは100ドル未満のかなり廉価な端末が中心となる。市場見てもかなりニッチな製品であることは変わりない。

 

 

 最後に、日本ではどうだろうか。恐らくEUのこの規制に対して意見は賛否両論で分かれることだろう。どちらかといえば、物価高や円安などによるスマートフォンの買い控えの流れもあるので、「日本でもやってほしい」と肯定的な意見の方が多くなるのではないかと考える。

 日本については、技適取得端末の自己修理は厳密にいうと法的に不可能となるので、メーカー公式でリペアキット等を提供することはできない。

 その一方で、EU圏の市場が今後数年で大きく変わっていくことから、日本でもバッテリー交換が可能なスマホがTORQUE以外にも出てくる可能性は期待できそうだ。

 

 

 さて、地球環境への配慮、持続可能な社会の実現は確かに先進国に課せられた課題かもしれない。それでも目先の利用者の安全性、利便性を欠くような規制はいささか疑問視するべきだと考える。


 自分たちの思い通りにメーカーを規制で縛り付けるのは勝手だが、それによって不利益を被るのはそこに住む人たちであることも忘れてはならない。