EU圏のスマートフォンバッテリー交換義務化の話が話題となっているが、どうやらこれにはある種の抜け道があるようだ。確かに昨今のメーカーの動きを見ていると、規制の行先は我々が思っている形とは違うものになりそうだ。
- EUのバッテリー交換義務化でも「ガラケー」のようにはならない。理由は「工具の使用しての交換」は規制されていないため
- 規制に向けて修理も簡単に。着々と準備されているAppleやGalaxyのスマートフォン
EUのバッテリー交換義務化でも「ガラケー」のようにはならない。理由は「工具の使用しての交換」は規制されていないため
EU圏のバッテリー交換義務化の話については、日本のみならず欧州のメディアも各所で報じている。筆者も先月韓国で行われたGalaxy Unpackedにて欧州メディアの方と意見交換したが、その際にこの話題について少し面白い話も聞けた。
それはバッテリーの交換が義務化されるが、全てのスマートフォンが従来のような「バッテリーパック方式」にはならないというものだ。そしてメーカーが懸念するのは「技術の停滞」と「防水性能等の品質確保」としていることだ。
バッテリーパックは樹脂等の保護ケースでバッテリーを覆い、エンドユーザーが安全に利用できるようにしたものだ
確かに法案には「バッテリー交換はエンドユーザーが容易に交換できるようにする」という文言がある。これは物理的機構はもちろん、修理パーツやマニュアルの提供なども含まれる。
そして、バッテリーを交換するにあたり、メーカーに求めているものは以下の3つとなっている。
・工具を必要としないで交換できるもの
・市販の工具でバッテリーの交換が可能なもの
・特殊な専用工具が必要だが、リペアキットにこれを付属しているもの
そして「容易に交換できるようにする。という文言はありながらも「工具を使わずに交換できるようにする」という文言はない。このことからバッテリーの交換義務化となっても、市販の工具で交換できるものや、専用工具が提供されるものは規制されないものとなるのだ。
ここで言う「市販の工具」はホームセンター等で販売されている一般的な工具を指し、プラスやマイナスの精密ドライバーのことになるだろう。
また、バッテリー交換に専用工具等を必要とする場合は、リペアキットに付属させるなどの対応でメーカー側が無償提供する環境を構築していれば良いというものだ。
例えば、Appleがアメリカで提供しているリペアキットを、修理希望のユーザーに1週間等の期間を決めて無料で貸し出す場合は、この規制を回避できる可能性がある。極端な話をすれば、バッテリーを交換するにあたって、必要な工具を同時に無償提供するのであれば問題ない形となる。
現時点のiPhoneであれば"星型のドライバー"、接着剤を溶かすための"ウォーマーや溶剤"、リアパネルやディスプレイを外すための"ピックと吸盤"、バッテリーの端子を外すための"プラスチック製のヘラ"を提供すれば良いことになる。もちろん、リアパネルやディスプレイを再度接着するための"シール剤"も必要となる。
修理用のバッテリーと合わせてこのような工具類を付属すればよいのだ
メーカーが懸念する技術の停滞と品質の担保。自己修理はこの辺りが課題か
さて、このような内容であればバッテリーパックにすることはなく、以前の記事でも指摘した「技術の停滞」など考えにくいと思うかもしれない。
そんな問題が最も該当するものは、Galaxy FoldやFlipなどをはじめとした折りたたみのスマートフォンだ。このタイプの機種に関してはヒンジを挟んだ双方にバッテリーが搭載されており、他の機種に比べても修理するのが困難と言われているものだ。
このタイプの機種であれば、本体上部と下部にそれぞれバッテリーが搭載されている
例えば衝撃から守るためにフレームの奥にバッテリーを入れたり、バッテリーの手前にセンサー等のケーブルなどを置く場合は、手順が増えて修理が困難となり「容易に交換できるようにする」という部分に引っかかってしまう。このような制約がハードウェアの薄型化やカメラ等のパーツ配置、冷却機構の設計に影響し、技術革新にブレーキをかけてしまう可能性があるのだ。
現時点で欧州域で折りたたみのスマートフォンを展開しているメーカーはサムスンとHONOR、モトローラになる。サムスンについては折りたたみスマートフォンでも年々修理可能性指数が向上しており、以前に比べればバッテリーの交換が容易となっている。
そして、メーカーが最も懸念するものは、防水性能などをはじめとした品質の担保だ。これについては Appleも欧州メディアの取材に対して「ユーザーがバッテリーを交換できるようにしても、防水等の品質を担保することは難しく、長期的に見ると効果的ではない」と回答している。
確かに多くのスマートフォンは接着剤と防水性能を確保するためのシール剤が一体化されたものを使用し、ディスプレイやバックパネルが固定されている。正規の材料で修理しても取り付け方法にミスがあったり、多少の浮きがあっただけでもこのパーツは効果的に機能しない。
そのような理由で本体に浸水が起こり、最終的に故障してしまうことを考えると、正規の修理店で適切な修理をした方がより長く安心して使えるという考えだ。これについてはメーカーの指摘も理解できる。
またこれに合わせて廃棄バッテリーの処分方法も考えなければならない。交換するバッテリーがバッテリーパック方式でないということは、現在のスマートフォンでも主流の耐久性や強度面で問題のあるリチウムイオンバッテリーとなる。
保護ケースのないリチウムイオンバッテリーは扱いを誤れば発火等の事故にもつながるが、これを街中のバッテリー回収ボックス等に投げ入れてしまうことは、危険極まりないものだ。
そういう意味での「適切な廃棄」を考えると、メーカー純正修理の方が安全で確実だが、エンドユーザーが交換するとなれば適切な廃棄手段も考えなければならなくなる。
この問題については、地域によって廃棄バッテリーをメーカーやリサイクル業者が安全に回収する仕組みの構築、リサイクルボックス等に入れる際は専用の袋やケースに入れて処分するなどの方法が検討されている。
規制に向けて修理も簡単に。着々と準備されているAppleやGalaxyのスマートフォン
これを踏まえてAppleのiPhone 14やサムスンのGalaxy S23を見てみると、この規制の行き着く先が見えてくる。
iPhone 14では北米でも根強い「修理する権利」に配慮した結果、リアパネルを開ければバッテリー交換ができるものとなっている。従来はフロントパネルを開けなければならず、バッテリー交換をするはずが画面を破損させてしまうことがあったが、それが解消される形となっている。
iPhone 14は簡単にバッテリーにアクセスできる(画像:iFixit)
Galaxy S23ではフレキケーブルの取り外しなどの手順があるが、比較的容易としている。また、バッテリーを固定する接着剤が変わり、従来よりも簡単に取り外せるものとなっている。ケーブルの配置などを変えれば、他社に比べて簡単に交換できる機種となるはずだ。
Galaxy S23のバッテリーには緑色のタブがあり、ここを引っ張ると簡単にバッテリーを取り外せるという(画像:iFixit)
これらの機種を見ていると、この規制の行き着く先はすべてのスマートフォンがガラケーのようなバッテリーパック方式になるのではなく、エンドユーザーがいくつかの工具を使って簡単に交換できるものとなる。
そのため、EU向けのスマートフォンで極度な性能低下が起こる可能性は低い。また、バックパネルの仕様を変えたモデルが出ることもなく、従来通りグローバル共通のハードウェアで展開されるものと考えられる。
多くの国や地域で様々な意見があがるEU のバッテリー交換義務化の話。改めて深掘りしてみると、絶望的なほど理解し難いものでないことも分かってくる。
その一方で、修理手順の簡素化、修理マニュアルやパーツの供給体制、廃棄バッテリーの問題など、規制が施行される前に検討や改善しなければならない課題があるようにも感じる。
ただ、工具を使用してのバッテリー交換は規制対象外となるので、欧州のスマートフォンが全て「ガラケー」のような状態になることは避けられそうだ。