スマートフォンの高性能化は進んでおり、それはバッテリー性能とて例外ではない。そのような中EUでは、「消費者がバッテリーを容易に交換できる」ようにする規制が議会で可決されたようだ。
- 新たな規制。EUではスマートフォンのバッテリー交換をガラケーレベルに簡単とすることが義務化へ
- メーカーはこの規制に対して反対の意向を示す。理由は安全性の低下と技術革新への阻害
- 筆者としてもバッテリー交換可能の義務化は否定的。利便性の低下によるデメリットが大きいと予想
新たな規制。EUではスマートフォンのバッテリー交換をガラケーレベルに簡単とすることが義務化へ
このバッテリー交換を容易にすることを義務化する規制自体は、昨年12月に提出されており「より持続可能な提案」のひとつとしている。内容としては、スマートフォンやパソコンをネジ等で開けられる筐体とし、消費者が簡単にバッテリーを交換できる設計とするものだ。
猶予期間はあるとしているものの、今後EU域内で販売されるスマートフォンやパソコンには「簡単にバッテリーの交換ができること」が義務付けられるようだ。
もともとEU内ではバッテリー交換のできない端末に対し、ユーザーに交換できないようにして、メーカーが意図的に修理や買い替えタイミングを調整しているのではないかと指摘していた。
確かに、iPhoneのようにバッテリーが劣化してくるとソフト側で※パフォーマンスを落とすことは行われており、ユーザーに対して不信感を与えたことは事実だ。
※Appleはこれを「システムを保護するため」と主張していた。
これらの意図しない買い換えの促進や、非正規修理や自己修理を容認しない姿勢などが、自由競争の阻害と権利の侵害として日本で言う独占禁止法に該当すること。加えて過度な生産などで地球環境にも負荷を与えると指摘していた。
特にドイツ政府ではスマートフォンメーカーに対し、セキュリティアップデートや保守部品の提供を7年間行う義務付けの意向を表明するなど、厳しい環境規制を求めてきている事例もある。
これはドイツなどを中心に支持を集める「修理する権利」やフランスなどで広がる「修理可能性指数(サーキュラーエコノミー)」の考え方にも繋がるものとなる。
フランスでは修理が容易か否か。交換部品が揃っているかの基準を数値化することが義務付けられている。画像はMicrosoftの端末の修理可能性指数だ。出典:Microsoft
メーカーはこの規制に対して反対の意向を示す。理由は安全性の低下と技術革新への阻害
その一方でAppleをはじめとしたスマホメーカーは「安全性の低下」「技術革新への阻害」という形で反論の姿勢をとっている。近年のスマートフォンやパソコンのバッテリーは大容量化が進み、以前のようなユーザーが簡単に交換できる仕組みでは事故のリスクが伴うのだ。
安全性の低下とする理由はバッテリーの容量増加と急速充電の普及がある。容量増加については近年のハイエンド機種では5000mAhを超えるなど、バッテリー交換式だった時代の倍近い容量となっている。その分、蓄えられるエネルギー量も大きいものになるのだ。
急速充電の普及もバッテリー容量増加と共に進化してきた。今ではUSB-PDはもちろん、中国メーカーをはじめとした独自の充電規格もいくつか存在する。
これらは特定のバッテリーと充電IC、ケーブルの組み合わせによって高度な電流、電圧制御が行われている。各種温度管理なども徹底して行われており、100Wクラスの超急速充電を行った際でも万一の事故を防ぐ工夫がなされている。
急速充電技術も進歩を続けている
ここで、仮にも消費者が自由にバッテリー交換ができることが義務化された場合、交換にあたって純正品ではなく安価な非正規品を利用する方も少なくないはずだ。
中には同じバッテリーサイズでセル数を増やした「増量バッテリー」や中古品を使い回した低品質なものもある。これらには保護回路が入っていなかったり、システム側に何らかの不具合をきたす可能性がある。
これらにはメーカーの品質を満たさない粗悪品や規格外の製品もあり、素人が選んで無闇に交換することは危険としている。メーカーとしてもこれらを利用した時のリスクのほうが、消費者が得られるメリットよりも大きいとしている。
過去に発売されていたGalaxy向けの増量バッテリー。通常の倍の容量となるので電池持ちは良くなるが、バッテリー管理の挙動がおかしくなるなどの問題もあった。
また、非正規品のバッテリーを消費者が利用して事故を起こしても、多くの場合見出しは「iPhoneが充電中に発火」「Galaxyが突然発火」といった形になる。
このような非正規品や誤った充電方法による事故の矛先はユーザーには行かず、端末メーカーへと飛び火する。これはイメージの悪化につながるため、メーカーにとっていいことは何もないのだ。
端末の事故は時に生産停止などの対応となる。画像はGalaxy Note7をベースに改良された「Galaxy Note Fan Edition」
加えて、簡単にバッテリーの交換ができることとなれば、安全性も考えて従来の充電パック方式が濃厚だ。このようになった場合本体の薄型化やバッテリーの大容量化は難しくなる。
今のスマートフォンのバッテリーは本体の空いたスペースに押し込むような形で入っており、おかげで5000mAhを超える大容量なものを載せながら実用的な重量に仕上げている。
ここに交換可能なバッテリーパックありきかつ、裏蓋を開けられる設計とすれば筐体デザインや防水設計にも制約が生まれる。筐体の容積も余計に使ってしまうためプロセッサ性能や冷却性能も犠牲とすることになる。
こうした制約の中では今日のiPhoneやGalaxyのハイエンド機…ましてや折りたたみのスマートフォンなんてものを作ることは極めて困難だ。このような理由から、バッテリー交換が容易にできるようにすることは技術革新の阻害となるのだ。
欧州にてこのような折りたたみスマホを販売することは困難になる
筆者としてもバッテリー交換可能の義務化は否定的。利便性の低下によるデメリットが大きいと予想
さて、規制という形で行政による事実上の市場介入が行われようとしている点については、いかがなものかと思う。
近年の高度な電源制御が行われるスマートフォンでは、安全性や品質保持の観点から管理外の部品によって素人に修理される可能性は極力排除したいのだ。これは近年のスマートフォンがバッテリー交換できなくなっている理由のひとつだ。
従来のバッテリーパックでも濡れ手で触れたことによる感電、端子をショートさせての発火事故も少なくなかった。非正規バッテリーや充電器による過充電を原因とした事故で「Galaxyが燃えた」なんて言われた時期もあった。
これらの事故を防ぐためにメーカーとしては安全対策、品質保持の目的も兼ねてバッテリーを容易に交換できないようにしている側面もある。国や地域によっては、適切な修理を行えることを認定する修理業者のライセンス制度もある。
加えて、バッテリーパックを廃したことによる利便性の悪さは「急速充電」でカバーし、その速度は日々進化を続けてきた。今では30分程度で8割以上まで充電できる機種も増えてきている。
このような各社の10年来の企業努力や技術革新によって得ることができた「安全性」を環境配慮や持続可能性という言葉のもと、また危険に晒す可能性がある時点で筆者としてはいかがなものかと思う。
そして、バッテリー交換できる機種が主流だった10年前と今のスマートフォンではバッテリーの容量。すなわちバッテリーが持つエネルギー密度も異なる。iPhoneについても「バッテリー交換の説明書があれば簡単にできる」なんて代物ではない。バッテリーを固定するテープを無視して外してみようものなら、変形させて最悪発火は避けられない。
EUに住む方が皆このような危険性を熟知しており、安全なものを確実に選択し、適切な方法でバッテリーの交換を行えるとは到底思えない。修理に失敗して端末を破損させても「メーカーの説明が不十分」と意見する輩を容易に想像できる。これはバッテリーパックになっても同じことが言える。
加えて、各種規制の関係で端末の設計にも制約が発生する。これによって展開する機種の性能停滞、市場からはフォルダブル端末といった魅力的な機種の減少も考えられる。これらの要因によるユーザー体験の低下。最新のイノベーションに触れる機会損失の方が、バッテリー交換ができる利点を上回ってしまうのではないだろうか。
最後になるが、筆者としてもEUの今回の規制は技術革新の阻害という面で良くは捉えられない。これは「長く使えるスマートフォン」や、長期間の修理をサポートを行うメーカーを消費者が選べば解決する話で、何も規制で縛る必要はない。
消費者がバッテリー交換のできる機種を選べば解決する。画像はバッテリー交換可能なTORQUE 5G
壊れたり古くなってきたら自分で修理したり補修するDIYの精神も大切だが、精密な半導体と大容量のリチウムバッテリーを備える現代のスマートフォンは素人の我々が考える以上に複雑な製品だ。家具や単純な機械と同じように考えることはできない。
環境配慮やCO2削減。廃棄物の削減も大切だが、スマートフォンの「利用者の安全性」についてももう少し考える必要があったのではないだろうか。
EUの言う「バッテリーを容易に素人が交換できる」って良くも悪くもダメなのよ。保護装置のない非純正バッテリーで火を吹いたり、劣化が早かったりしたことを忘れてしまったのか…
— はやぽん (@Hayaponlog) 2023年6月19日
ましてや今はあの時とは桁違いの電流電圧になっていると言うのに