先日、台湾メディアが報道したZenfoneが終焉になるかもしれないとした内容。ASUSが公式プレスにてこの報道を否定したことで収まりを見せたが、今回はこの件をもう少し掘り下げてみよう。
- Zenfoneが終焉する旨の誤報道。台湾市場の背景を見ていく
- 報道の背景にあるASUSの組織再編と台湾でのシェア低下。もう少し掘り下げる
- スマートフォンの戦略市場は日本。コンパクト端末でさらなるシェア拡大を狙う
- スマートフォン部門は復調気味。日本キャリアに納入できれば更なる増も見込める
Zenfoneが終焉する旨の誤報道。台湾市場の背景を見ていく
報道の発端となったものは、台湾メディア「科技新報」の報じたもので、ASUSの社内向けの簡書を紹介している。その中では以前から報道されている同社の組織再編に伴う人員異動が行われ、スマートフォン部門に移動となった一部従業員が解雇されたという。
この理由について、ASUSの関係者が「Zenfoneシリーズは今販売中のZenfone 10が最後になり、このチームは他部署に統合される可能性がある」と指摘したこと。「ROGのチームに統合される可能性が高い」とコメントしたことが情報源となっている。
この記事自体は8月25日に公開されているため、今回ASUSが公式でこの内容を否定するまでには時間があった。ただ情報もすぐに精査されたのか、週明け早々にプレス発表できたものと考える。
早急に否定プレスを出したメーカーの対応は当たり前だけども感心した。過去には、報道が出てから1ヶ月あまり経ってもプレス回答のなかったメーカーも存在したので、スピードは大切だ
ただ、これに絡めて台湾メディアで度々報じられていたものが、同社の組織再編と人員整理、台湾でのスマートフォンの売上不振だ。人員整理については赤字が続く同社において以前から指摘されていたものだ。売上の少ない部門や不採算部門については部門統合も示唆されていたため、出荷台数が少ないスマートフォン部門は度々統合の話題が上がっていた。
ASUSの大規模レイオフについては6〜7月にも多くの報道が出たが、これについても同社は「業績は悪化している」としながらも「報じられているようなことは行なっていない」と否定する声明を出していた。
スマートフォンの売上不振については多くの場合、シェア率の低下を指していた。一時期は台湾でも10%台のシェアを持っていたASUSだが、今では販売シェアで2%を割り込むことも少なくない。中でも同じように不振に喘ぐHTCや、日本以外では苦戦を強いられているソニーよりもシェア数で劣る月もあるなどの厳しい状況も見られた。
また、外的要因としても中国ではレノボがLegionブランドのゲーミングスマートフォンから撤退したり、BlackShrakがかなり厳しい状況にある。
vivo iQOOやOPPOのOnePlus、realmeなどのカジュアル路線でゲーミングパフォーマンスの高い機種に注目が集まるなど、ROG Phoneを取り巻くゲーミングスマホにも逆風が吹いている状態だ。
コンパクトなスマートフォンについてもAppleがiPhone 14で従来のminiシリーズを排し、世界的にはウケが良くない点が証明されてしまったことで、同じ路線のZenfoneも厳しいと考えることが無難だ。
これらの背景からメディア側も関係者から情報が出てくれば、かなり確実性の高いものと判断できる。日本でも過去に関係者のコメントから京セラのスマートフォン撤退が示唆された例もあるので、これとある意味同様のものと考える。
また、情報ソースから推察するに、ただでさえ厳しいPC部門からスマートフォン部門に飛ばされて短期間で解雇と聞けば「これはスマホもやばいのでは?」と関係者でも感じてしまうことも理解できる。断定ではなく示唆している点も確実性は薄いものの、上記の理由を踏まえれば「あり得なくない」と思えてしまうことは事実だろう。
報道の背景にあるASUSの組織再編と台湾でのシェア低下。もう少し掘り下げる
その一方で本当に厳しい様子でなければ、このようなコメントが関係者から出てくることもない。組織再編の要因は事業の赤字化が原因となるが、ここでASUS の決算報告を見てみる。
2023年のQ1は約167億円の赤字だったものの、 Q2では一転して約59億円の黒字となっている。盛り返してはいるものの、営業利益としては昨年同期比38%減となり、厳しい状態が続いていることは事実だ。
また、パソコンやスマートフォンが厳しい背景から、直近ではヘルスケア部門を開拓している。「iHARP」と呼ばれるプラットフォームで、病院、個人、地域コミュニティを統合して、より精密な予防医療を可能にするという。スマートウォッチなどで得たデータから最適な食生活の提案を行なったりできる。
よく言えば新規事業開拓となるが、見方によっては「迷走している」とも取れる。
ここでスマートフォンを見ると、同社のポートフォリオに占める割合は2%となっている。この分野は大きく落ち込んだ昨年に比べて上昇しており、厳しい状況が続くパソコン部門などに比べると上昇した分野となっている。
Q2では黒字化したが、単年でみても赤字幅が大きい
スマートフォンのポートフォリオは2%と紹介される。昨年が1%未満だったことを踏まえれば復活を遂げている。出典:ASUS決算報告書
ここからは販売実績に当たる出荷数を見ていく。同社のスマートフォンのグローバル出荷台数は昨年で約60万台となっており、2016年頃は約2000万台の出荷台数だったことを考えると、かなり減少していることがわかる。
ただ、現状のASUSのスマートフォンはハイエンド端末を中心とした高付加価値路線のため、出荷台数だけで動向を判断することは難しい。日本で言うソニーと同じく出荷台数よりも売上高を重視するスタイルとなり、Xiaomiなどの薄利多売が多いスマートフォンメーカーとは真逆の製品展開となる。
そこで売上高の割合で見てみよう。昨年3月にePrice.com.twが公表したものになるが、台湾の月別スマートフォンシェアではASUSは1.3%で8位につける形となる。その一方で売上高の割合では0.9%となる。
この数字は3.6%のシェアをもつRedmi(Xiaomiのサブブランド)の売上高0.8%を上回り、シェア率よりも強い数字となる。高付加価値路線となったASUSの強みを示すものとなる。
売上高グラフでは同じ路線のソニーも2%とかなり健闘している。こちらはシェア率ではVIVOやXiaomiより低いが、売上高ではどちらをも上回る数字となっている。出典:ePrice.com.tw
また、直近ではスマートフォンの基本的な筐体設計を大きく変えることなく、内部設計をアップグレードしたスマートフォンが主軸となっている。
これも見方を変えれば、ある程度完成されたハードウェアをよりブラッシュアップし、最もコストを抑える方法でユーザー体験を向上させる手段として採用しているのではないかと考える。
筐体デザインが大きく変わらないことによって製造コストをを抑えることもできる。実際に端末価格にも反映されており、Zenfone 10は従来モデルに比べて安価になっている。長期的に見れば利益率も改善していると考えられる。
Zenfone 10の基本的なデザインはZenfone 9から大きく変わっていない
スマートフォンの販売不振と捉える報道についても、同社の展開する機種は全て高価な機種となるため台数だけでは評価できない。直近のデータが出てくれば、売上高ではXiaomiやrealmeなどとも健闘するものとなりそうだ。
スマートフォンの戦略市場は日本。コンパクト端末でさらなるシェア拡大を狙う
日本市場はASUSのスマートフォンの戦略的な市場として位置づけられており、ローカライズやプロモーションも行われている。
日本では2012年頃から現在のオープンマーケットにて端末を販売していたことから、ユーザーへの知名度が高い。市場動向のデータや各種最適化のノウハウが蓄積されていたことで、地域に根ざしたローカライズを行なった商品展開が日本でも支持される理由と考える。
特にZenfone 6などのフリップカメラや大画面スマホについては、自撮りブームの強い中国や東南アジア圏の市場動向に沿ったものが多かったが、これらが下火になると同社は一転してコンパクトハイエンド端末に舵を切った。
コンパクト端末を求める市場は世界的には少ないものの、日本市場の動向から判断してZenfone 8から防水に対応し、日本向けにはFeliCaも採用した。
また、スマートフォンゲーミングのクオリティ向上に伴い、ゲーミングブランドを全面に押し出したROG Phoneは「ゲーミングスマホ」のかき分け的な存在にもなった。
ゲーミングスマートフォンのパイオニアとなるROG Phoneシリーズ
先ほどのグローバル出荷台数が約60万台という数字を踏まえた上で、日本での数字を見ていく。昨年ASUSのスマートフォンはオープンマーケット市場において5.8%のシェアを獲得している。キャリア向けは展開してないので、同社の数字はこれが全てとなる。
昨年オープンマーケット向けに出荷されたスマートフォンは約237.4万台。このうちの5.8%と考えれば約13万台となる。販売してるスマートフォンの大半が7万円以上の商品と考えれば、これはかなり驚異的な数字となる。
同市場で7万円以上の商品を展開したApple、Xiaomi、ソニー、シャープ、nothing、モトローラと比較しても、このセグメントの端末で販売台数10万台超えはiPhoneに次ぐ数字となり、Androidスマートフォンとしてはトップをいく形だ。
MM総研が公表しているオープンマーケット市場のスマートフォンの出荷台数内訳ではランク外にはなっているものの、シェア率5.8%のASUSは6位につける台数となっている。出典:MM総研
ちなみに売上高は端末を固定して概算すると、4位のオウガ(OPPO)が売筋Reno7 Aの4万3800円、ASUSをZenfone 9の廉価モデルである9万9800円として算出しても、売上高は余裕でASUSのほうが上に出てくる。
お膝元の台湾では前述のデータにはなるものの、ASUSの市場シェアは1.3%だ。台湾のスマートフォン市場規模は日本の約1/6となる年間約510万台(昨年)となっており、年間シェアを2%と換算しても出荷台数は約10万台に留まる。実のところ、日本市場の方が台湾よりもASUSのスマートフォンが多く売れているのだ。
これらの数字からASUSのスマートフォンの出荷台数のうち、日本と台湾向けで約23万台となっている。これは同社が販売したスマートフォンの3分の1以上を占める数字だ。特に日本は割合ベースで見ても20%を超える地域のため、同社がコンパクトなスマートフォンを展開する理由や、日本向けのローカライズに特に注力している点と合致が行く。
ASUSのスマートフォンは台数シェアで見ていくと、日本の割合はかなり大きいものになっている。小型化に加えFeliCa搭載のローカライズも納得だ
スマートフォン部門は復調気味。日本キャリアに納入できれば更なる増も見込める
ASUSのスマートフォンについては、決算報告を見てもポートフォリオに対する割合が向上していることから、落ち込むパソコン部門などに比べると安定しているように思う。むしろZenfoneやROG Phoneシリーズの成功によって復調したとも言えるのだ。
最後になるが、筆者としてはこのような魅力的なスマートフォンをもっと多くのユーザーに使ってもらうためには、通信事業者との協力が不可欠だ。現行のラインナップはどれもニッチ路線のため、グローバルでは「なんとなく選ぶ」という層が買うスマートフォンではないことは確かだ。
その一方、戦略市場としている日本市場ではこの手のスマートフォンを求める層が決して少なくはない。多くのユーザーがキャリアからスマートフォンを購入することを踏まえると、大手3キャリアのうちどれかひとつにでもZenfoneを供給できれば出荷台数的にも大きな増となる。
昨年の日本におけるスマートフォンの出荷台数は約3000万台となる。オープンマーケットはそのうちの10%にも満たない小さな市場となるため、ここだけで勝負するには限界があるのだ。過去に同社はau向けにASUS MemoPad 8 AST21を供給していたが、以降日本の大手通信キャリアに端末を供給していない。
今のZenfoneはコンパクトボディに加えてイヤホンジャックも備える。防水防塵はもちろん、FeliCaにもしっかり対応するなど、キャリアで販売しても売れる要素は揃っている。
キャリアで販売するスマートフォンに物理デュアルSIM スロットの端末は採用されないなどの理由がない限り、商機は大いにあるように感じる。強いて難癖をつけるのであれば、ソニーのXperia 5シリーズと競合してしまう可能性が高いところ、SDカードが利用できないところだろう。
Xperia 5シリーズと比較するとZenfoneシリーズはカメラの手ぶれ補正などで差別化されている
さて、事業統合によるZenfone消失を示唆する報道が出たこととは裏腹に、同社の売り上げ動向にスマートフォンは過度な影響がないこと。
高付加価値路線に走ったことで、市場シェアは落ちても売上高はしっかり稼いでいること。戦略的位置づけの地域があり、そこに根ざしたしたローカライズを行っていること。これらの取り組みから、台湾メディアが報じたようなASUSスマートフォンのこれ以上の規模縮小はやはり考えにくいものだ。
本当に売り上げが厳しいメーカーであれば、そもそも攻めた設計のハードウェアを出したりすることはできない。そのような意味ではROG Phoneと言うかなり攻めた設計のスマートフォン、ROG AliyというニッチなゲーミングハンドヘルドPCを展開できるなど、赤字とは言え全く余裕がない訳でもない。
スマートフォンよりニッチなパソコンを出せるだけの余裕はまだある
ユーザーに最も近い電子機器であるスマートフォンはASUSもソニーと同様にフィードバックを得られたり、他事業にも転用できる要素が多いことから不採算でも継続している。過去には韓国LGが同部門で22四半期連続で赤字を記録しても、端末の供給を続けるくらいには需要なセグメントなのだ。
ASUSもそう簡単に撤退することはないと考えるが、同社が赤字であることは決算から見ても事実であり、以前に比べて予断が許されない状況は変わらなそうだ。スマートフォンも含めて動向を追っていきたい。
Zenfone終焉報道のソースはこちらから
https://www.asus.com/EVENT/Investor/Content/attachment_en/2023Q2%20IR.pdf
ASUS Q2決算報告資料