Finalが12月に発売した新型の完全ワイヤレスイヤホン。同社のフラッグシップでありながら、最新の理論に基づき技術を惜しみなく投入したZE8000を今回レビューしてみる。
Finalが本気で作った次世代の完全ワイヤレスイヤホンをチェックしてみる
市場競争が過熱する完全左右独立型イヤホンの市場。Apple AirPods Proの新型が発売され、12月に入って各社フラッグシップを発売、お披露目するなど、ますます注目度が高まっていくセグメントだ。
そんな中で日本の音響メーカーであるFinalが、満を持して発売したフラッグシップイヤホンがこのZE8000になる。
パッケージはフラッグシップらしいものだ
ケースは艶消しの加工がされている。サイズはやや大きいものになる。
本体は大型にはなるが、思ったほど耳への収まりは悪くない。
AB級アンプにSnapdragon Sound対応と高音質に仕上げたハードウェア
ZE8000の対応コーデックとしては、SBC/AAC/aptX/aptX Adaptiveに対応している。ハイレゾ相当となる24bit/96kHz再生も可能で、Snapdragon Soundの認証も取得している。一方で、多くの機種にて対応しているLDACコーデックには非対応だ。
コーデック面ではトレンディなところを押さえるが、核となるオーディオ面についても妥協はない。ドライバーユニットは10mm経のものを採用している。A4000などでも採用されるf-COREドライバーを採用しており、この機種向けに専用設計されている。
振動板のドームとエッジの接合に接着剤を使用しない方式にしており、振動板そのものを軽量化している。
これに加えて、完全ワイヤレスイヤホンとしてはかなり珍しいAB級アンプ、薄膜高分子積層コンデンサを搭載するというアナログ部にも力を入れた構成だ。バッテリーライフ的には不利になるが、「すべては音のため」というオーディオメーカーらしいFinalのアプローチだ。
イヤホンとしては珍しいデジタル部とアナログ部の核となるドライバーユニットがk完全に分けられている構造だ
独自規格のイヤーピース。本体を覆う構造としたことで、低域再生時に空気が逃げない構造とした。画像は公式サイトより引用
DSP処理によって可能になった「スピーカーの理論」を加えたフラットサウンド
音にも妥協はないと触れ込みのZE8000を早速聴いてみることにする。今回の試聴曲はこちら
Tokyo 7th Sistersより Be Your Light/Stella MiNE
再会/LiSA & Uru
スロウリグレット/田所あずさ
今回の試聴環境はスマートフォンにソニーのXperia 1IVを採用し、Snapdragon Sondの環境で使用する。ストリーミング環境もスマホ単独で24bit/96kHzの再生が可能で、Snapdragon Soundにある意味適したハードウェアを備える機種だ。
ZE8000を実際に聴いてみると、意外にも低域が前に出てくる。低域に量感がある点は、ピラミッドバランスと表現される帯域バランスのように感じる。
この低域は特段前に来るような感覚ではないのだが、包まれる感覚でもない。かと言って高域やヴォーカルをスポイルするようなものではなく、どっしりと腰を据えているお行儀の良い低音だ。
同じくらい刺さらない高域、ざらつきのないヴォーカルも特徴ではあるが、これらの音が体感的に目の前にある。まるで一種のサラウンドとも表現できる。
その上で聴感的にはやや低域が強いようにも感じるが、特段味付けが強いといったところはない。正味フラットに近いものと感じるが、イヤホンでこの音を作れるのならすごいと感心させらる。
最初にスロウリグレットを聴いてみる。高域の伸びやかさ、ボーカルの伸びはあるが、艶やかさは少ないモニター調のサウンドであることがわかる。独特のサウンドステージもあるからか、塞ぎ込まれたような窮屈さや過度な濃密さと表現されるものはない。
曲をBe Your Lightsに変えてみる。低域のレスポンスは高く評価したいが、独特のサウンドステージも影響して支配的に感じることもあった。この曲自体かなり低域が効く物になるが、低音がしっかり効きながらもヴォーカル域などには被らない点は評価したい。
ここで曲を再会に変えてみる。こちらもボーカル表現も悪くない。サビのドラムスとベースが入ってくる低域は、10mmダイナミックとこの手のイヤホンでは大口径のもののおかげか、重厚感のあるものだ。サウンドステージも比較的広い機種となるので、このような曲でも窮屈さを感じさせずに気持ちよく聴ける。
ここまで聴いてきて、音の表現はさておき、ハードウェアの持つ基本的な性能、そこから繰り出させれるサウンドクオリティはかなり高いことが分かる。サウンドの定位に関しては一言で示すなら、目の前に音の壁があるような定位となっており、普通のイヤホンの頭内定位からややずれているのが違和感の正体なのかもしれない。
音が後ろ側に広がらない、耳元で平面的に展開されるこのサウンドもイヤホンオーディオではなかなかない体験となるので、これもリスナーによっては違和感に感じることだろう。そのため、音楽を聴く体験ではスピーカーでのリスニング体験に近く、前方定位的なものと表現するのが適切かと思う。
高域の伸びとも表現できる部分はコーデックに大きく依存する。伸びやかな高域を体験したいのであれば、aptX Adaptive環境での利用を強くオススメする。イヤホンのハードウェアが持つ基本性能は高く、ボーカルの滑らかさやレスポンス共に高いレベルだと感じた次第だ。ABアンプを搭載していることもあってか完全ワイヤレスイヤホンでここまで上手く鳴らせるのであれば上出来だ。
ZE8000のマイク性能などもチェック
さて、音質についてはこの辺りにして、ここからはノイズキャンセリングやマイクの品質について書いてみる。ノイズキャンセリングについては音質劣化がないとされており、実際に使ってみても特定の帯域に影響することは無いようだ。
恐らく、ノイズキャンセリングを利用する前提でDSP処理を行っているものと推測される。ただ、感度自体は弱いものとなり、他社の商品と比べると劣ってしまうように感じる。
ヒヤスルー機能も備えるが、あくまで通常の外音取り込み機能と言ったところだ。一方で、風切りノイズがかなり目立つ形状なので、風切りノイズ抑制といった機能もある。機能としてオフにできないので、ノイズキャンセリングを利用したくない場合は風切りノイズ抑制と言ったところがスタンダードだ。
マイク品質は良好だ。何度かスペース配信にて利用したが、特段悪いとは感じられず、リスナーからも音をよく拾うという感想もあったので、感度自体はかなり良好だ。
ZE8000ではアプリも用意されており、iOS/Androidのどちらでも利用できる。アプリからはモード切替、イコライザー、8K+サウンドのオンオフ、イヤホンのアップデートが可能だ。
アンテナを大きく張り出した形状もあって音切れはあまり感じなかった。ポタフェス会場という混線する環境でもある程度接続を維持できていたので、ラッシュ時等でなければ問題はないと感じた次第だ。
電池持ちについては公称値で5時間となっていることもあって、この手のイヤホンとしてはかなり悪い。加えて8K+サウンドをオンにすると20%ほど消費が速くなることがメーカーの発表時に触れられており、実質3.5〜4時間程度だ。音のためと言えば聞こえはいいが、Apple AirPods Proのノイズキャンセリング使用時の6時間、SONY WF1000XM4の8時間に比べても明らかに短く、充電頻度が増える点はネックとなる。
アフターコロナの時代になると飛行機などでの移動が増えることを考慮すると、連続4時間は国内線(新千歳-那覇間)で利用するのがやっとだ。国際線ではかなり厳しいと思ってもらって良い。ケース併用でも約20時間なのでかなり短い。
賛否両論あるが、新しいTWSイヤホンの形のひとつをZE8000で見た
さて、次世代のイヤホンとはなんだろうか。Appleやサムスンが次の時代のイヤホンを模索する中、前方定位のフラットサウンドに加えてDSP処理で「このイヤホンでしかできない体験」を作り出したものがFinal ZE8000だ。
近年の有線と無線のイヤホンの決定的な違いは、イヤホン側にデジタル信号部があるか否かだ。イヤホン内にプロセッサとD/Aコンバーターが入っている関係で、現在のBluetoothイヤホンは「単独のオーディオ機器」ではなく、ひとつのオーディオシステムのようなものと考える方が適切だ。
言い換えれば、アナログ部に限らずデジタル側の味付けもできるので、メーカーが作りたいように音を加工することができ、接続機器によって大幅に音が変わる点もかなり少ない。
賛否が分かれる理由として、このイヤホン特有の「前方定位」に由来するものと考える。スピーカーで聴いているような感覚をイヤホンで楽しめる一方、イヤホンオーディオとして考えた際にはサウンドステージや帯域バランス的に「不自然」と感じる方も少なくないはずだ。
古い例えだが、かつてのウォークマンにはVPTサラウンドという機能があったが、ZE8000の体験はその中にある「スタジオ」での試聴体験に近い。もちろん、音色的に作られたり加工されたりした感覚がない点はZE8000の大きな強みだ。
売り文句の「8K Sound」は実際に聴いてみれば「前方定位によって目の前に様々な音があるような感覚」を8Kと表現したのだなとなんとなく理解できる。ただ、一般にイヤホンに対して「8K」という言葉で連想される音は「音のシャワーのような解像感高いきめ細かい音」だろう。バランスドアーマチュアを採用したイヤモニなどで感じられる「音の粒」を捕らえられるような感覚と表現すべきだ。
ZE8000にはこのような目の覚めるような解像感の高さは無く、むしろ聴き疲れしない程度に丸くなっている。極端なディップやピークがなく音もどちらかと言えば平坦だ。解像感の意味で8Kを使うなら、ZE8000はせいぜい4Kくらいの感覚だ。
そんなZE8000と相性が悪い音源はASMR音源だ。ダミーヘッドマイクで収録されるこれらの音源は頭内の定位が命だ。この機種では音質以前に前から音がやってくるのだ。そのため、耳の脇で聞こえなければならない音がなぜか前から聞こえてくる不思議な感覚を味わえる。
それ以外にはサウンドステージの表現が希薄なレコーディングの楽曲やコンテンツでは、「前方に奥行きのようなものがある」といったものにもなる。これも不自然に感じる要因だ。
いろいろなイヤホンを聞いてきた筆者として聴感的に一番近いものはUltimate Ears Reference Remasterdだろうか。こちらはCapital Studioとのコラボ商品でフラットな特性を意図して開発されたイヤモニだ。
楽器の音やヴォーカルのニュアンスを的確にとらえ、味気ないながらも疲れさせずにモニタリングできるイヤホンであったことから、リスニングにおいては好みの別れる商品である。ZE8000はこの傾向の音を軸に「スピーカーで聴くような定位」を加え、よりリスニング傾向に仕上げた商品と見るべきだ。
さて、ZE8000についてはFinalとしてもメディア向け発表会を行ってみたり、Finalの代表取締役である細尾氏が商品に対する熱い想いをTwitterに投稿していたりと、この商品からはただならぬ本気っぷりが伝わってくる。流行りで作っただけの商品ではなく、DSP処理まで含めた完全ワイヤレスイヤホンというプラットフォームだからこそ、自分たちが目指す音のひとつができた。そういわんばかりのアピールだ。
その甲斐もあってかイヤホン、ヘッドフォンを中心とした展示イベントであるポタフェスでも常に試聴の列ができるなど注目度の高い機種だった。
筆者も実際に「音の意図」について担当者に聞いてみた。この前方定位含めてやはり狙ったサウンドであることに触れ、「サラウンドとも異なるリアルな音」を追求したという。その上で「こういうアプローチは完全ワイヤレスイヤホンでないとできない。」としていた。
多種多様なイヤホンが出ている今の市場では、何かしらの新しい挑戦がなければ生き残れないのは確かだ。Finalが今回踏み込んだDSP処理によって音を作り出すような分野は、ある意味完全ワイヤレスイヤホンのようなパッケージングされたものでなければ難しいものだ。
接続機器、ケーブルやイヤーピースの多種多様な組み合わせによる音の変化を楽しむこともオーディオの楽しみだが、無線イヤホンではそのようなことはできないものが多い。
現在主流の完全ワイヤレスイヤホンではスマホとの連携性はスマホメーカーのものに勝てず、ノイズキャンセリングなどもノウハウがあるメーカー以外では難しい。単純に高音質を求めたものは存在し、空間オーディオも対応するものが出てきている。
だからこそ、あえてこの音を作り出したのだと感じる。ZE8000は「スピーカーで聴くような体験」を完全ワイヤレスイヤホンというDSP処理をゴリゴリにかけられるプラットフォームでパッケージングした。
筆者としては今までにない体験で驚いたものだ。それはそうだ、イヤホンのくせにスピーカーみたいな音の聞こえ方をするのだから、驚かないはずがない。ある種の革命とも言っていいくらいの音だ。
この商品に対して買いか否かと言われると難しい。筆者としてはこのZE8000にしかできない音だからこそ、買って体験してほしいところだ。
一方で、この体験は本当に聴いてみないと評価するのは難しいと感じる。そのような意味では試聴できる環境、もしくはFinalの公式ストアで購入してほしい。公式ストアでは30日返品サービスも行っている。どうしても気に入らなかったら返品という選択もできる。
そんなZE8000はFinal公式ストアで3万6800円の価格設定だ。ポイント還元もされるので、実質的に3万3000円となる。正直こんな音を鳴らされてこの価格はかなりお買い得に思ってしまう。
分割クレジットをFinalが展開するなどZE8000の力の入れようがうかがえる。
全く新しいリスニング体験。ZE8000はそう評価することにする。これは現時点では唯一無二のものだ。